小島進 深谷市長講演【前編】 渋沢栄一の教えを核としたまちづくり
自治体首長が語るわが街の未来
今回は 一般社団法人「地域から日本を変える」 が主催する首長連続セミナー第32回の小島進深谷市長講演『渋沢栄一翁の教えを核としたまちづくり~みんなが大好きな「ふかや」の実現に向けて~』」(5月8日開催)の前編をお届けします。
同法人は次のような設立趣旨のもと、さまざまな地域創生事業をおこなっています。
地域から日本各地の魅力を引き出し、各地域が日本の国づくりの手本になるよう、その一助となる活動を行いたいと思います。
日本の各地域の自治体の行政活動、自治体と企業の地域づくりへの取り組みの考察の深化と視野拡大を目指し、自治体及び企業等への政策提言、人材育成を通じて、地域経済活性化及び再生を推進、それぞれの地域に合ったまちづくりを目指します。
首長連続セミナーも地域創生事業の一環で、同法人ならびに深谷市のご協力とご理解を得て、セミナー内容を記事にすることができました。改めて感謝いたします。
それでは小島市長の講演をご覧ください。

講演する小島進深谷市長
深谷市ってどんなまち?
こんにちは。深谷市長の小島進です。
まず、簡単に深谷市の紹介をします。
深谷市は埼玉県の北部にあり、群馬県と隣接しています。東京都心からは約70km、東京駅からJRでおよそ70分の距離にあります。夏は雷が発生しやすく降水量が多く蒸し暑い地域で、気温が40度にのぼることもあります。一方、冬は北よりの季節風が強く、乾燥し、晴れの日が続く気候です。
産業としては関東の台所といわれるほど農業が盛んで、特に深谷ねぎやブロッコリー、トウモロコシなど野菜や花き栽培のほか、深谷牛や武州和牛、黒豚、鶏卵などの畜産が盛んです。
そしてなんといっても新一万円札になり、「近代日本経済の父」と言われ、NHK大河ドラマの主人公にもなった渋沢栄一さんの生まれ故郷でもあります。渋沢栄一さんは農家に生まれ徳川家に仕えましたが、明治維新後も活躍し、約500の会社設立、約600の社会公共事業、教育機関の支援や民間外交に尽力しました。
渋沢栄一を最大限活用して深谷市をアピール
深谷市は渋沢栄一さんの縁を大切にしてまちづくりやシビックプライドの醸成をはかってきました。そんな中で一万円札になると決まって、私は「渋沢栄一と言ったら深谷」「渋沢栄一=深谷」というイメージを確立させるために何でもやろうと行動することにしました。もちろん私ひとりでは何もできないので、若い職員を巻き込んで、いろんなことに取り組んできました。
まずは全国で渋沢栄一さんがかかわった都市との交流促進です。いろんな自治体を回り、交流を図りました。北海道の清水町、室蘭市、岩手県盛岡市、宮城県仙台市、福島県白河市、茨城県水戸市、千葉県松戸市、新潟県長岡市、栃木県日光市、神奈川県箱根町、静岡県静岡市、三重県四日市市、大阪府大阪市、茨木市、大分県中津市。これから訪問を予定しているのが佐賀県唐津市、愛媛県鬼北町などです。
そして渋沢栄一さんの関係のある自治体と協定を結ぼうと、住まいを構えた飛鳥山のある東京都北区、養育院(現・東京都健康長寿医療センター)を建てた板橋区、自宅を構えていた深川のある江東区、渋沢栄一さんが作った東京商工会議所、千代田区、中央区、北海道清水町、岡山県井原市等々と、包括連携協定を結びました。
ほかにも今の上皇様が幼少の際に渋沢栄一さんのお孫さんが東宮大夫として養育係になっていた縁があり、退位が決まった時に当時の天皇皇后両陛下は深谷市にお越しいただきました。
新一万円札発行記念でさまざまなイベントや事業を実施
まだまだあります。新紙幣発行記念として、「渋沢栄一そっくりさんコンテスト」を開催しました。

渋沢栄一のそっくりさんとなった3人はともに深谷市在住(左から向井さん=人材派遣会社長、沼尻さん=ふかや市商工会長、鵜養さん=深谷商工会議所副会頭。いずれも当時)。(写真提供:深谷市)
財務省が新一万円札の肖像が渋沢栄一さんだと発表をしたのが2019年4月9日。市内には旧渋沢邸「中の家(読み方は『なかんち』)」があり、発表からゴールデンウィークにかけて間違いなくお客さんがいっぱいくると思ったんですね。
そこで渋沢栄一さんのそっくりさんがお出迎えしたらどうかと、ひらめいてコンテストを開催したわけです。当時はメディアでも話題になり、来場者も急増しました(※)。
2024年に水戸市で日本中の商工会議所の会頭が集まる日本商工会議所全国大会がありましたが、そこにも私とそっくりさんとで顔を出し、各地の会頭さん以上に注目を集めたこともありました。
※「中の家」の来場者は4月9日から約2週間で約4900人に達した。これは前年1年間の来場客数の約3割にも当たると報道された(「毎日新聞」2019年4月29日)
また、渋沢栄一さんのアンドロイドも作りました。このきっかけは、ドトールコーヒーの創業者である鳥羽博道さんが深谷市出身で、彼と会食したときに「渋沢栄一がロボットみたいに動けば面白い」と話していたことでした。そこで「いいアイデアですが、税金で作るわけにはいかない」と言ったら、「自分がなんとかする」ということで1億円を寄付してもらいました。アンドロイドの製作費は4000万円ほどだったので80歳代と70歳代の2体を作って、「中の家」や渋沢栄一記念館で渋沢の精神を伝えるため動いてもらうことになりました。

旧渋沢邸「中の家」アンドロイドの前でつえをつくのは、渋沢栄一の玄孫(やしゃご)で、渋沢栄一記念財団初代理事長の渋沢雅英(まさひで)氏(写真提供:深谷市)
その「中の家」ですが、構造補強及び改修工事を担当したのが清水建設さんです。この会社も渋沢栄一さんと関係が深く、この会社の社是が「論語と算盤」なんだよ。工事についてはプロポーザルによって決まったのですが、建物の良さを残しながら耐震性を高め、多くの見学者に見てもらえる施設になるように、工事をやってもらいました。屋根瓦の周囲や壁面などが真っ白のしっくいでできているので、私は勝手に「東の姫路城」と言っています。

2023年夏にリニューアルオープンした「中の家」
また、新紙幣発行記念として相撲巡業が行われました。本来、大相撲が来ると、前の日に主催者と来賓でホテルの大宴会場でパーティーをやるのだそうです。しかし私は市民に見てもらいたいっていうことで、街中でちゃんこ鍋を囲んでやりたいと相撲協会に相談したら面白いということで、中山道で市民との触れ合いを実現しました。力士さんたちもノリノリでした。

2019年の大相撲巡業-中山道を埋め尽くす市民・力士の皆さんと万歳三唱!
(写真提供:深谷市)
2024年7月3日の新紙幣発行当日には、東京証券取引所で新旧一万円引継式として福澤諭吉の出身地の大分県中津市さんと行いました。そして、この日は午後に日本銀行で新一万円札の贈呈式にお呼ばれしました。実はこのときに新一万円札の若番(若い記番号)が欲しかったんです。なぜなら栄一(A1)だから。それで日銀に行くと最も若い番号の1(AA000001AA)は貨幣博物館へ、2(AA000002AA)は渋沢栄一さんが創立した東京商工会議所で、深谷は6(AA000006AA)でした。1という数字が欲しかったので、残念そうな顔をしていたらメディアに報じられて、ネットで「深谷市長が1番じゃないから怒っている」って話題になりました。
そしたら、深谷市とは直接つながりのない福岡県の美容師さんが、たまたまA1(AH000001DG)を持っていて、寄贈していただきました。
私は福岡県までネギを持ってお礼に行きましたよ。まあ、こういうエピソードがあると騒いでみるものだなと思いましたね。

東京証券取引所での引継式。福沢諭吉の一万円を持つのが生誕地・大分県中津市の奥塚正典市長。新一万円札を持つのが大野元裕埼玉県知事。小島市長はシルクハットの「そっくりさん」姿で両方の一万円札をもって間に立っている(写真提供:深谷市)
ちなみに7月3日の夜は、記番号「6番」を市民の待つ深谷市役所に持って帰って駐車場で開催したビアフェスで披露しました。イベントには渋沢栄一さんが設立にかかわったアサヒビール、キリンビール、サッポロビールが協力してくれました。今年もこの3社と、地元の酒造会社も連携し「渋沢栄一 一万円札発行1周年記念イベント」を開催しますよ。
ほかにも2024新語・流行語大賞のトップ10に「新紙幣」が選ばれ、私が表彰式にお伺いしました。また、旧渋沢邸「中の家」が将棋の王将戦の会場にもなりました。将棋の対局はこれまで深谷市で行われた例がないし、コネもなかったので難しいかなと思ったのですが主催の毎日新聞さんに話を持ち掛けたんです。そしたら5戦目の会場に選ばれた。ただ、5戦目だと藤井聡太七冠が4連勝したら来ないわけです。だから、私は挑戦者の永瀬拓矢九段を一所懸命応援しました。そしたら4戦目で長瀬九段が勝って、深谷市が最終決戦となった。いろんな人に「市長は持ってる」って言われました。
まあ、全部運ですけど、かなり深谷市をアピールできたんじゃないかと思います。
若手職員のアイデアを形にするキーワードは「ワクワク感」
渋沢栄一さんの話の次は、もうちょっと真面目な話をしてみましょう。
私は高卒で、家業を継ぐつもりで、政治になんか興味ありませんでした。実際に高校を卒業して、実家に就職しました。ところがいろいろあって市議会議員になって(1995年)、3期つとめて、そのあと埼玉県議会議員を1期(2007年)、それから市長選に出て、2010年に当選して、現在4期目になります。
市長になって何をやったかっていうと、農業のIT化 をすすめたり、0歳からの保育料無料化(2023年)を県内初で東京都より先駆けてやったり、小児科のオンライン医療相談 をやったりしています。
QRコード決済による「深谷市地域通貨ネギー」 も発行しています(2019年)。書かない窓口 も新庁舎ができた2020年からやっています。
いろいろと新しいことをやってると思いますが、私の発案ではありません。職員たちが提案して、頑張って仕組みづくりをして、運用しているんです。私は旗振り役。ただし、職員には「やるんだったらとことんやりなさい。そして他の自治体に負けるな」とは言っています。
オンライン医療相談は、深谷市は近隣の自治体と比べて人口比で小児科医が少ないので、小児科のオンライン医療相談をしたらどうかという意見から生まれたものです。ただ、オンライン医療相談をやるには医師会の協力が必要です。そこで私は地元の医師会の先生たちとは、1年に2回は必ずゴルフに行っているので、まずそこでざっくばらんな話をしてからにしようと決めました。
そしたらお医者さんが高齢になってきているので、夜間診療や休日診療に対応する休日診療所で仕事をするのがしんどくなってきているという話を聞くわけです。
そこで市としてもオンライン診療とか相談をやりたいというと、逆に助かると本音を言ってくれました。それで実現しました。
「ネギー」も言い出したのは職員です。実は給付金とか暫定税率とか国政では言われていますが、決まってから一番苦労するのは末端の自治体職員なんです。たとえば、地域振興券を配るとすると、印刷して、商工会議所や商工会に手配や配布などをお願いして、漏れがないか確認し、クレーム処理もしてと、手間がものすごくかかるんです。
けれど今の時代の地域通貨はスマホが1台あればできるし、持っていない人には、Suicaみたいなカードを郵送すれば、チャージや支払い処理など自動でできるようになります。地域通貨をはじめると、国の方針が選挙のたびに変わっても、そこはそれで対応できるなということがわかりました。
ちなみに私の仕事は若い職員のチャレンジをバックアップして、責任をとるものだと思っています。けれど何でもかんでもOKするわけでありません。話を聞いて、「ワクワクしない」と思ったらやりません。自分で言うのもなんですが、職員と話しててワクワクする時は結構成功してますね。一方で全然乗ってこない時は大体失敗します。
だからそう思ったら、途中でもストップさせた方がいいと思っていますね。
まあ、とにかく。こういう取り組みのおかげか、人口も社会増になっています。
「小島進 深谷市長講演【後編】「ふかや花園プレミアム・アウトレットのオープンまでの道のり」では、アウトレットの誘致に成功した小島市長の奮闘をお伝えします。お楽しみに!