村山卓 金沢市長講演【後編】金沢市の文化振興
自治体首長が語るわが街の未来
こんにちは! サイネックスマガジン編集部の島Dです。主に地域行政情報誌『わが街事典』をはじめとした紙媒体の編集をしています。
今回は前編に引き続き、村山 卓(むらやま たかし)金沢市長による講演「未来を拓く文化政策の展開~金沢市の×(かける)文化の視点~」の後編をお届けします。
前編で金沢市がまちづくりに文化芸術政策をかけることで、市独自の政策や個性、魅力が発展しているということがわかりました。後編では、金沢市の文化芸術政策の具体例をもう少しお話しいただきます。そこから金沢市の文化芸術政策に対してなぜ市民の理解があるのかということもわかってくるでしょう。

講演する村山卓金沢市長
【前編】金沢市の「×(かける)文化の視点~」はこちら(前編へのリンクを設定します)
文化施設設立への理解が、文化芸術のまちを育てた
なぜ金沢市の文化政策は市民の理解が得られているのか。それは戦後、文化人材の育成に力をいれてきたからです。その代表例が 金沢美術工芸大学 の開校です。
同校は1946(昭和21)年に金沢美術工芸専門学校として設立されました。戦後の混乱期でありましたが、工芸美術の継承・発展と、地域の文化と産業の振興を目指した象徴となるものを作りたいという金沢市民の熱意によりつくられた学校でした。

金沢美術工芸専門学校(現在の石川県立歴史博物館)の様子(資料提供:金沢市)
9年後の1955年には金沢美術工芸大学となり、いまでは金沢美大として親しまれるようになっています(2023年に新キャンパスに移転開学)。
その特徴はなんといっても、金沢美大は、収入の65%が市税である運営費交付金でまかなっていることです。しかも前編でお伝えした市民1人当たり約3,000円の芸術文化事業費に、この額は含まれていません。含めたら5,000円を超えます。
そのうえ県外から入学する生徒がおよそ8割で、市民の入学者が多いわけでもない。さらに卒業生の9割が県外に就職しているのにかかわらずです。
ただし、面白いことに県外に就職した卒業生が戻ってくるというケースがたくさんいます。実際には県外に就職した金沢美大生の2~3割は金沢に残ってくれていると思っています。
ともかく、県外出身者、県外就職者多いのにもかかわらず、そこに対してお金を使うことに、市議会では全員が賛成しているというのが金沢市なのです。

資料提供:金沢市
2つ目は 金沢卯辰山工芸工房 です。
これは1991年の市制100周年を記念して設立されました。加賀藩御細工所の果たした機能と精神を受け継ぎ、伝統工芸の継承、発展、芸術文化の普及、振興を図るという趣旨のもと、陶芸、漆芸、染織、金工、ガラスの5つの工房があります。金沢の工芸の未来を担う研修生が研修に励んでいるほか、加賀藩御細工所の工芸資料の収集も行っています。
この工房には毎年10人程度の研修生が2~3年の研修を行っています。専門の相談員や施設の運営費などの費用も市税から出ています。ですから研修費はゼロ。しかも研修生に対しては、毎月10万円の報奨金をお渡ししています。
おかげさまで、全国で行われている工芸関係の展覧会の中では、この工房の就業者が多数出て、時には半分近くを占めるところもあるくらいです。その意味で工芸作家の登竜門的な存在になったと思っています。

金沢卯辰山工芸工房(資料提供:金沢市)
3つ目が国立近代美術館工芸館(国立工芸館 )です。
かつて東京都の北の丸公園にあった東京国立近代美術館工芸館が、2020年10月に金沢市に移転しました。これは地方創生施策の一環である政府関係機関の地方移転の一環で、日本海側初の国立美術館になりました。
国立工芸館のある本多の森周辺には、ほかに 金沢21世紀美術館 、金沢能楽美術館 、石川県立美術館 、石川県立能楽堂 など文化施設が集積しており、市民や観光客が気軽に文化芸術に親しめる文化交流ゾーンとなっています。
国立近代美術館工芸館は、都内にあった時はあまり知られていないようで入場者数も少なかったのですが、金沢市に来て入館者もかなり増え、国の行政機関の地方移転の成功例とも言われております。

資料提供:金沢市
建築の分野では、建築界のノーベル賞といわれるプリツカー賞を受賞した建築事務所であるSANAA(Sejima and Nishizawa and Associates)による「金沢21世紀美術館 」、世界で最も美しい駅14駅に選出された「金沢駅もてなしドームと鼓門 」、世界で最も美しい公共図書館ベスト25選出の「金沢海みらい図書館 」などがあります。金沢21世紀美術館は金沢城公園や兼六園に隣接し、中心商業地に近い立地で、外壁はガラス張りで正面や裏側といった区別のない円形になっています。入館料がいらないフリーゾーンを設置したことも大きな特徴の一つです。
特にご紹介したい金沢市の建築物が、「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館 」です。全国でも数少ない建築をテーマにした美術館で2019年にオープンしました。谷口吉郎氏は金沢市名誉市民第1号の建築家です。迎賓館赤坂離宮の和風別館「游心亭(ゆうしんてい)」や東京国立博物館、ホテルオークラなどの作品を残し、文化勲章を受章されました。
その谷口吉郎氏の住まい跡地に、長男で国際的に著名な建築家の谷口吉生氏の設計によって記念館は建設されました。2024年6月には入館者数が10万人を突破し、多くの方々が訪れています。

資料提供:金沢市
作家や市民を支援するさまざまな取り組み
作家を支援する取り組みも多くあります。まずは工芸作家を支援する「 金沢市デジタル工芸展 」。
開催のきっかけはコロナ禍で、展覧会の中止が相次ぎ作家さんの発表の機会がどんどんなくなってしまったことからです。インターネットで閲覧してもらうために、作品のみならず、作り手の活動の告知や制作にかける思いに迫るインタビュー動画なども掲載し、見応えのある内容となっています。
特徴は作家さんに出店料をいただくのではなく、市が1人10万円で出店依頼をしているという点です。
デジタル工芸展に出店していただいた作家さんは470名に達しています(2024年12月末現在)。

金沢市デジタル工芸展 公式サイトトップページ
もちろん、リアルの展示会場もあります。金沢クラフトの首都圏魅力発信拠点として「KOGEI Art Gallery 銀座の金沢 」を銀座5丁目に移転オープンしました(旧店舗名:dining gallery 銀座の金沢)。旧店舗では工芸や食文化などの発信するアンテナショップでしたが、移転後は工芸に特化して、ギャラリーが多く集まる銀座5丁目にリニューアルオープンをしました。
1階では金沢美大や卯辰山工芸工房との連携を強化し、若い世代の工芸のアート作品を展示・販売しています。2階では生活工芸品や希少伝統工芸品の展示販売のほか、不定期イベントとして、作家の実演や制作体験等も実施しています。
1階の作品には数百万円のものもありますが、インバウンド需要を中心に、高額な作品から売れていくという状況も生まれています。

KOGEI Art Gallery 銀座の金沢の外観(資料提供:金沢市)
このように文化の振興として技術支援、作り手支援、発表の場の提供などに予算をつけて本気で取り組むことで、大きな収益につながったり、市に独自の魅力が生まれたりして、それがさらに人を呼ぶという好循環が生まれているのです。文化芸術政策に市民の理解があるのは、こういった好循環を実感しているということもあると思っています。
市民の理解を得ていくために必要なのが、“次世代への投資”と“市民との一体感”です。“次世代への投資”では、前編で紹介した未就学児や小中学生への体験事業のほかに、「子どもの伝統文化体験」として、「加賀宝生 」、「金沢工芸 」、「金沢素囃子 」、「金沢茶道 」の4つの子ども塾を開講しています。
子どもたちが金沢の伝統文化を体験することで、伝統文化の担い手確保・育成につなげていくことが目的で、受講料は無料で、1~2年のカリキュラムの中で、月に2回程度活動しています。

各教室の様子:加賀宝生(左上)/金沢工芸(右上)/金沢素囃子(左下)/金沢茶道(右下) 資料提供:金沢市
“市民との一体感”では、世界のトップアーティストが集結し、数多くの一流のコンサートを繰り広げる市民参加の音楽イベント「ガルガンチュア音楽祭 」やジャズの祭典「金沢JAZZ STREET 」などを開催しています。
そしてアマチュアを含めた音楽、アート、ドラマ、演劇などの創作活動ができる拠点施設「金沢市民芸術村 」があります。ここは年中無休、24時間利用可能な施設で、全国を見てもなかなかないのではないかと思っています。

資料提供:金沢市
情報発信でまちを豊かに
前後編にわたる村山市長のお話はいかがだったでしょうか。金沢の文化というと加賀百万石、兼六園や友禅や金箔、油とり紙というキーワードが浮かんでしまいますが、それだけでない文化的特徴がたくさんあって、それを理解し、支えている市民の存在があることが分かりました。
住民が市政と同じ方向を向いて将来を展望できるというのは、とても貴重な財産です。市長のおっしゃる通り、一朝一夕にできることではなく、長い歴史にはぐくまれた土壌があってこそというのも感じました。
金沢市と同じでなくても、各地にはそれぞれの地域の魅力、隠れた良さというものは必ずあるはずです。この記事を通じて、わが街の魅力の掘り起こし方や育て方などのアイデアが生まれる一助になれればと思います。
サイネックスの事業である地域行政情報誌『わが街事典』をはじめとした公費負担を抑えた紙媒体の共同発行や、数々のデジタルメディアも地方を豊かにするツールのひとつだと思います。地域の情報格差の解消や市内外へのPRなどでまちを豊かにしていきたいとお考えでしたら、ぜひお尋ねください。
村山卓 金沢市長講演【前編】金沢市の「×(かける)文化の視点~」はこちら(リンクの設定をします)