体験格差の支援策とは?自治体の取り組み事例を紹介
子どもが学校外で得られる体験の機会が、経済状況や地域環境の違いなどによって格差が発生することを体験格差といいます。体験格差は、学力や社会性だけでなく、将来的な職業選択や収入にも影響を与える可能性があるといわれます。体験格差が発生する理由を把握し、全国でどのような支援や対策が行われているか見ていきましょう。
体験格差とは? 3つの区分と具体例
体験格差は比較的新しい言葉で、具体的な定義はありません。しかし自治体が取り組むべき課題として、言葉の意味や具体例を押さえておきましょう。
体験格差の定義
体験格差とは、子どもが学校外で得られる体験の機会に、周囲の環境によって格差が生じることを指します。体験活動には、遊びや習い事、旅行などが挙げられます。文部科学省の説明によると、体験活動には、対象となる実物に実際に関わっていく「直接体験」、インターネットやテレビなどを介して感覚的に学びとる「間接体験」、シミュレーションや模型などを通じて模擬的に学ぶ「擬似体験」の3種類があるとされています。
体験活動事例集-体験のススメ-[平成17、18年度 豊かな体験活動推進事業より]:文部科学省
体験格差の具体例
体験格差には具体的にどのようなものがあるのか、いくつか例を紹介します。
・塾やピアノ教室に通ったりスポーツを習ったり、といった学校外での教育機会が得られない
・旅行やアウトドアに行けず、住んでいる地域以外の文化・歴史に触れる機会に恵まれない
・演劇や美術といった文化的なものに触れる機会が少ない
などが挙げられます。
このような事象が起こる背景にはさまざまな原因があります。
なぜ体験格差は生まれるのか?
体験格差が発生する理由はさまざまあり、主に「経済的要因」「地域的要因」「親の意識」の3つが挙げられます。また、IT格差やコロナ禍の影響といった社会情勢の変化も影響しています。
経済的な理由
経済的な事情による格差とは、家庭の収入によって子どもが得られる体験活動が制限されることです。十分な生活資金を得られていない状況で、さらに子どもに旅行や習い事などをさせることは当然困難になります。
旅行に行ったりイベントに参加したりするためには親の経済状況が影響します。費用的に難しい家庭では体験機会が得られず、子どもによって格差が生じ、結果として子どもの能力差として表れるおそれもあるのです。
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが行った「子どもの体験格差実態調査」(2023年)によると、直近1年のうち学校外での体験をしていない子どもの割合は、世帯年収300万円未満の世帯が29.9%と最も多いという結果でした。世帯年収が600万円以上の家庭では「体験ゼロ」の子どもの割合が11.3%であるのに対し、2倍以上の格差が生まれていることになります。
家庭の収入・経済状況によって、子どもが体験活動をできるかどうかが大きく左右されていることがわかります。
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン:子どもの「体験格差」実態調査最終報告書
地域的な理由
住んでいる地域的な事情により、体験機会に格差が生まれる場合もあります。たとえば地方の子どもは都市部の文化施設にアクセスしにくく、逆に都会で育った子どもは、自然体験の機会が限られます。
美術館、科学館といった公共施設や、さまざまな情報は東京をはじめとした都心部に集積する傾向が強くあります。こうした地域的な理由から、海に行きたくても海が近くないエリアで暮らしている、美術館やコンサートに行きたくても近隣に施設がないといった格差が生じるのです。
親の意識
親自身が体験機会に恵まれなかった場合、体験活動の重要性を理解していないかもしれません。その結果、子どもに積極的に体験をさせなかったり、体験活動は必要ないと思ってしまったりします。このような現象は「体験格差の連鎖」と呼ばれることがあります。
親が体験活動を軽視している場合、経済的余裕があったとしても体験格差につながってしまうことがあるのです。
ITの格差
近年、子どもたちの学習にもパソコンやインターネットを使う機会が増え、オンライン体験やデジタルデバイスへのアクセスが重要になってきました。普段から自宅でもパソコンやインターネットを使っている子どもと使っていない子どもでは、IT格差が学力の格差にもつながります。入手できる情報量に差があるほか、就職して社会へ出た後も、パソコン操作といったITスキルで差が出る可能性も考えられます。
経済的な理由でパソコンやインターネットが利用できないことがIT格差につながっているのです。
コロナ禍の影響
近年のコロナ禍では、外出制限や対面での活動が減少したことで、子どもたちの学校外における体験機会も大きく減少しました。
また、IT格差の拡大にも影響しており、オンライン学習やバーチャル体験にアクセスできる子どもとできない子どもとの間で、さらなる格差が生じました。保護者がテレワークを実施しにくい環境にある場合、家に不在なことが多くなったり、リモート学習をうまく活用できなかったりといったことが、子どもの成長に影響を及ぼすことが懸念されています。
自治体による体験格差支援の取り組み事例3選
体験格差を解消するためには、自治体だけでなく、NPOや企業と連携して取り組むことが重要になります。
千葉市:アフタースクールによる体験支援
千葉市では、約9割の小学校で放課後児童クラブと一体的に運営されるアフタースクールを展開しています。保護就労状況に偏らず希望するすべての児童を受け入れ、所得が一定水準を下回る世帯は、昼間の部および夜間の部の利用料が半額または無料になるという特徴もあります。送迎も不要となるため、共働きの負担軽減にふさわしい、多様な体験プログラムを提供しています。
さまざまな家庭の事情に合わせて、子どもたちの放課後の居場所や学びの機会を与えています。
千葉市:アフタースクール
鎌倉市:自治体・NPO・企業の三者協働による経済的支援
鎌倉市では、公益法人や民間企業と協力し、経済困窮世帯の小中学生に対して、学習やスポーツ、文化活動などに利用できるクーポンを提供する「鎌倉市放課後エンパワーメント・プロジェクト」を開始しました。この取り組みは、NPO、企業、自治体の三者協働によるもので、全国初の取り組みとなります。
2024年度は、クーポンの提供に加え、新たに教育格差解消に取り組む自治体への支援を開始しました。資金・ノウハウ・人的リソースの提供と、効果検証を通じて、地域に根差したクーポン事業のより良いモデルとなることが期待されます。
鎌倉市:経済困窮世帯の小中学生に多様な学びの場で利用できるクーポンを提供
長野市:自治体が主体で取り組む体験活動支援
長野市では、2023年から「みらいハッ!ケンプロジェクト」を通じて、子どもたちに体験機会を提供する取り組みが始まっています。このプロジェクトでは、クーポンを利用してさまざまな体験活動に参加できるようになっており、地域の企業や団体と連携して実施されています。
このプロジェクトには3つの特徴があります。
1つ目は子どもの「体験」にスポットを当てた取り組みであることです。自治体が主体となって子どもの「体験」機会を保障していこうという動きは全国的にも珍しいとされています。
2つ目は、利用にあたって「所得要件」や「申請」が不要で、長野市内すべての小中学生が対象となることです。経済事情など体験活動ができない理由にかかわらず、すべての子どもが対象となる点や、申請が不要な点は利用のハードルが低いと感じられるでしょう。
3つ目は、地域で活動するNPOなどが「地域コーディネーター」として子どもたちと体験の場をつなぐ役割を果たすことです。地域で活動する人々が自ら、子どもたちの体験の場づくりに参画したり、貧困や障害などをかかえる家庭を市の支援機関などと連携しながらサポートしたりといった重要な役目を担っています。
長野市:子どもの体験・学び応援事業(「みらいハッ!ケン」プロジェクト)
体験格差には地域の団体や企業と協力して支援しましょう
体験格差が生じる背景には、主に経済的、地域的な理由や親の意識などが関係しています。とくに経済的な理由は、IT格差などにも影響しています。体験格差は、職業選択や収入といった子どもたちの将来にも影響する可能性があるため、地域の団体や企業と協力して取り組むべき課題といえるでしょう。
子どもたちの未来を支える体験の場づくりは、地域全体で取り組むテーマです。
今回紹介した事例を参考に、地域の現状を踏まえた上で、取り組みの可能性を探ってみることから始めてみてはいかがでしょうか。



